もう6月か・・・

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原稿を書けないときは本当に苦しい。

なぜ書けないのかわからない。

頭の中では書けたはずの原稿が、最近は、ぼわぁと消えてしまう。 老いたかなwww

でも、書けたと思っていた頭の中の原稿は実は幻聴のようなものだったりするのかもしれない。 自分の能力の低さにうちひしがれる。

 

「能力は、知識・技能という技能と、思考力や表現力などの非技能で形成される。大学入試で測るべき適性は、この能力と、意欲や主体性といった非能力とで構成される。そしてその配分は能力は3割、非能力は7割。能力のうちの技能は全体の1割に過ぎず、非技能も2割である。だから意欲や主体性を評価しないといけないんだ」と元中教審メンバーは話している。

この話からすれば、僕の問題は能力よりも非能力に問題があるのかもしれない。 能力も非能力も充実していたら、もっといろいろなことができるだろう。 だけど、僕が持つ能力も非能力も限界がある。

これを越えようなんてことはもうこの歳になっては現実的ではない。 そこはしっかりと見据えなければならないのだ。 ただ擬似的なものを含めて経験を積んだり他人からの示唆を受けたりしてどうにかこうにか誤魔化して行くことはできるのではないかと思う。 そこは我ながら「手練れ」たものだと思っている。 まぁハリボテだからバレないようにせねばならないけどwww。

 

こうして、原稿と呼ばれるもの以外の文章は止めどもなく書けるのだが、さて、はて・・・

 

みなさん、明日からなんと6月です。 暑くて蒸した日がやってきます。 それでもめげずに生きていきましょう。 きっとなにかいいことがあります。

 

「希望はあるか」と書いたら「夢はあるか」と長尾彰くんに示唆された。 夢があれば希望も生まれる。希望があれば絶望はしない。 そんな日々をまた一日一日送っていきたいと思います。

 

こういうことを書くのは凄く簡単なんだけど、こう書くことで、少し空気を換えたいと考えました。 いつもはこんなことは書きません。 原稿を書くことが辛いで終わります。

でも、僕の周りに何人か、希望が見えなくなってしまった人がいます。

そうした人には、この文章は嫌な感じかもしれません。

僕も気持ちが淀んでいるときはこんな文章は丸めて捨てたいと思います。 しかし、世の中には、あなたのことを気にかけている人がたくさんいるんだということをいまいちど感じてほしいと思います。

能力があるとかないとか、できるとかできないとか。 いろいろと悩みはあるでしょう。

でも地球は回っています。

最近は地球もご機嫌斜めですが、それでも回っています。

抗うことができないことはあります。

悩んでいても仕方ないこともあります。

 

できることは足を前に一歩踏み出すことです。

僕は最近身体の調子が悪くて歩くのが嫌になるときがあります。

でも足を一歩動かして腕を振ってみると歩き出せるんです。 足を前に出すだけでは歩みは止まります。

両腕を振ってみてください。

右足を出した後に左足も前に出ます。

そうして歩くことができるのです。

実はこのことは発達が遅れて足が遅かった上の息子のために買った本に書いてありました。

まず足を振り出せと。

膝から下を前に蹴り上げるように。

そうなんです。

嫌なことを蹴り出してしまえばいいんです。

そうしたら歩むことも走ることもできるでしょう。

 

ああ、なんてことだ。 こういったことならポールマッカートニーが2曲歌う間に書けてしまう。

 

明日から、みなさんに、幸多かれ。