教員の再教育プログラム始めます

いま、教育改革がなされようとしているが、かなり危うい。

それは改革に前向きな先生方こそ感じていることだろう。

かつての国立大学独法化同様、今回のアクティブラーニングに関しても文科省自らが及び腰である。

東大は英語においてA2を受験資格としたが、二次試験を従来と変えるつもりはないような態度をとっている。こんな議論は2年前にすべきなのに未だに腰が定まらず、担当理事の間でも見解が異なっているとの話も漏れてくる。 

 

大学入試だけに引っ張られる教育では、これからの若者の未来を明るくすることはできないだろう。なぜならば、まだまだ大学入試は変わりようがないからだ。 

 

人工知能の進化が確実に教育を変えようとしている。 

 

これは日本に限った話ではない。 

 

にもかかわらずだ。

このままでは明治以来の改革も、なんちゃって改革になってしまいそうだ。 

 

つまり、文科省も東大も関係なく、教育は変わるべきである。

それゆえに、これから教員のあり方がより問われるようになるのだ。 

 

EdTech により、教員は、学習環境を整えたり、教科に留まらない知を学習者に届けるたりする役割をより強く担うことになるだろう。 

 

これからは、教員がグローバルリーダーとして、児童生徒学生のロールモデルとして、存在感を示すことが求められると考える。 

 

このために、タクトピアが実験実証として、これからの教員のためのプログラムを用意することにした。 

 

諸般の事情により、直前の案内となるが、多くの志ある「先生」に参加してもらいたい。

 

ちなみにこのプログラムは文科省ではなく、経産省の支援によるものです。

 

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もう高校1年生は2学期に突入

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東京大学は、国立大学協会が示したガイドラインを見直して独自の見解を示そうとしている(2018年8月末段階)。東大においては、そもそも2次試験(個別試験)の配点比率が高く、民間4技能テストを活用したところで、全体の配点比率が低い共通テストのごく一部である英語のさらに一部に過ぎず、合否を左右するようなものにはならない。早稲田大学国際教養学部が英語の100点中15点を民間4技能テストに割り当てたが、実際には民間4技能テストのスコアを提出する受験生は少なく、多くの受験生が85点満点で試験に挑んだ。民間4技能テストへの対応よりも他の勉強に時間を割いたほうが効果的だと判断したのだろう。つまり、東大が民間4技能テストを課したところで配点はごくわずかであるから受験生はスコアを提出しない可能性はある。そんなことをこの時期になって議論していては高校生には迷惑千万。東大の判断を待つ他大学への影響が大きく、実施概要の公表を遅らせることになる。2021年度入試の対象となる高校1年生の授業は2学期に入っているのだ。速やかな対応を強く望む。

三位一体の教育改革はうまくいくのか

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大学入試と高校教育、大学教育を一体的に変えようとする今回の大改革であるが、果たしてうまくいくのだろうか。高校教育は人工知能の進化などにより教育の質的な転換を迫られて変わらざるを得ないところに来ている。これまでのように大学入試が変わらないのだから教育を変えなくて良いなどとは言っていられない。生徒の未来に関わる問題だ。大学教育も実社会からの要請、就職活動などから変わらざるを得ないだろう。教育のサイズは確実に小さくなっている。これまでのような大教室で一方的に講義をしていては学生の学力は向上しないだろうし、そうした環境で学ぶことを学生は拒み始めるだろう。いまや早稲田大学の教室は定員50名以下のものが8割を占める。いまだに校舎を改築・増築することもなく、大教室での講義を展開する大学には生徒を送り込まないほうがいいだろう。

そして、大学入試であるが、ここが鬼門だ。非認知スキルが高い学生が入学後に成績を伸ばすことは解りかけている。ここをいかに評価するかだ。活動歴の記載や再現性が乏しい面接試験で果たして判定できるのだろうか。課題は山積である。

問題解決力の変容

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「問題解決力」

この言葉が大学の広報等で使われ始めたのは、1990年に慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)を開設した頃だ。
SFCには、当初、総合政策学部環境情報学部の2つの学部が設置された。
それぞれ加藤寛先生と相磯秀夫先生が学部長に就いた。
この開設のときに、SFCでは、自然言語(英語)と人工言語プログラミング言語)と合わせて「問題解決力」を学生に修得させるとして注目された。

さて、当時、問題解決は、問題発見・解決に変容を始めた。問題を解決する前にどこに問題があるかを仮説を立てて見いだすことが重要だと考えられたからだ。

かつて上司だった相磯秀夫さんと話をしていてふと思ったことは、問題解決とはプログラムのバグ取りではないかということ。問題を切り分る。そのために何が問題か仮説を立てて考えていく。そして、問題が見つかればそこを直して解決する。当時の問題解決はこれだったのではないか。

 

しかし、いまは違う。

「正解のない問い」を問われるからだ。

 

「アカデミアが…」なんて言っていると

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「アカデミアが…」
と言っているうちは本当の危機に目がいっていないわけで、10年後の大学の悲惨さを思い描けていない。特に、社会科学系。

大学の悲惨さは定員割れで潰れるということだけではない。

特に、私学は社会科学系の定員が大きいから、ソフトランディングを、いまから考えておかなければならない。
そして、研究者をいかに育てていくのか。研究者の所属は大学ではないのかもしれない。その時に研究者養成の大学院をいかに成立させるのか。

富山も暑かった

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今日、富山県の高校で生徒向けに講演。

富山も暑かったです。

 

生徒向けは久しぶり。

ちょっと難しい話になっちゃいました。

具体的な話でなくては生徒はそっぽを向いたり眠たくなったりします。

生徒を見ながら話をいつも調整しているのですが、今回はちょっとハイブローだったなぁ。

 

そして、講演を終えて、高校ハンドボール日本一の指導者と対話。

「部活動の週休2日、そんなの当然」
アメリカのNCAA でも言われていますね」
「うちは、個人練習中心」
「「個人の成長」の場ですからね」
「そのとおり」
「部活こそPBLの場」
「まさに」

すっかり意気投合!

簡単なメモ

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政府は「未来投資戦略」で2020年Wifi敷設率100%を目標値にしました。
学習環境は劇的に変わります。
また、学習指導要領をベースにカリキュラムマネジメントをしていかないと教えることが時代に合わなくなります。
文科省課長クラスが出したよくわからない提言ですら、変わることを恐れていないようですからね。

 

2021年度入学者選抜はまだ序章。
次期学習指導要領で高校3年間を学んだ生徒を対象とする、いわゆる完全実施である2025年度入学者選抜では劇的に変わります。
調査書等に関して言えば、留学したとか高校総体で活躍したとかという履歴ではなく、そこで何を学びとり、いまに活かしているかが問われるわけで、経験学習サイクル(計画、実行、観察、振り返り、新しい計画…)が重要になってきます。

 

さらにいえば、教科学習に象徴される認知能力だけでは「優秀」な学生を確保できないことがわかってきました。非認知をいかに測るかですね。そこも徐々に分かりかけているのではないでしょうか。
そのためにいま大学はIRをはじめて卒業後の様子までを追跡調査しはじめました。
あと6年もすればさまざまなデータが揃うことでしょう。

 

その一方で、人工知能の進化等により職業の寿命が短くなります。
そのときに、新しい知識や技術の修得が必要となりますが、そのときに修得の仕方を知っているかどうかで大きく立場が変わることでしょう。だからこそ、「学び方を学ぶ」(メタ学び)が求められるわけです。