簡単なメモ

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政府は「未来投資戦略」で2020年Wifi敷設率100%を目標値にしました。
学習環境は劇的に変わります。
また、学習指導要領をベースにカリキュラムマネジメントをしていかないと教えることが時代に合わなくなります。
文科省課長クラスが出したよくわからない提言ですら、変わることを恐れていないようですからね。

 

2021年度入学者選抜はまだ序章。
次期学習指導要領で高校3年間を学んだ生徒を対象とする、いわゆる完全実施である2025年度入学者選抜では劇的に変わります。
調査書等に関して言えば、留学したとか高校総体で活躍したとかという履歴ではなく、そこで何を学びとり、いまに活かしているかが問われるわけで、経験学習サイクル(計画、実行、観察、振り返り、新しい計画…)が重要になってきます。

 

さらにいえば、教科学習に象徴される認知能力だけでは「優秀」な学生を確保できないことがわかってきました。非認知をいかに測るかですね。そこも徐々に分かりかけているのではないでしょうか。
そのためにいま大学はIRをはじめて卒業後の様子までを追跡調査しはじめました。
あと6年もすればさまざまなデータが揃うことでしょう。

 

その一方で、人工知能の進化等により職業の寿命が短くなります。
そのときに、新しい知識や技術の修得が必要となりますが、そのときに修得の仕方を知っているかどうかで大きく立場が変わることでしょう。だからこそ、「学び方を学ぶ」(メタ学び)が求められるわけです。

頑張ってくれよ、文科省

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この報告書を読んだ僕が怒り狂っていることを、各方面の方々が心配されたが、そのみなさんの多くが実際に読まれて開いた口が塞がらなくなっている。

いま一度、月曜日の「未来の教室」とEdTech 研究会の「第一次提言(案)」を読んでみた。研究会中に、オブザーバーで参加していた文科省の某室長が慌てて「僕らも林プランを作って検討しています」と発言していたが、いまその林プランに相当するものを目にしてみると、あれは恐れをなしたからに違いないと思った。
文科省の言葉を並べただけで具体性もなく、課題意識も乏しい報告書に比べて、現実を見極めて、いま、理想を求めていかに踏み出すかを、経産省の提言は語っており、地に足がついている。
エビデンス」に関するやりとりもあったが、教育におけるエビデンスの難しさを経産省のほうが理解しており、文科省、大丈夫かと思ったがやはり大丈夫ではない。「ビッグデータ」やアダプティブな学習に対しても安易なとらえ方を文科省はしている。
さらに言えば、ソサエティ5.0なるものがやって来たときの教員の役割についてのとらえ方もあやふやである。
学校の授業が教えられる側、教える側、それを媒介する教材でなされるのであれば、EdTech がどのようにそれぞに作用するのかについて語るべきなのに、まったく深く考えていないようだ。
リカレント教育については、まぁ書くのをやめたらと言いたくなるレベルで現状認識すら怪しい。

学校の情報インフラが整わない限り、EdTech もCBT も導入されない。
その整備の一端を担う、文科省はこれまで何をしてきたのか。
そんなことを棚上げしてよくこんなことを書けるものだ。

いま展開している大学入試改革において、CBT を端から除外していたのに、何を、いまさら言うか。
民間英語4技能の混乱は運営面の不安が根底にあり、問題解決はCBT にあるはずだ。情報インフラが整っていればもう少しスムーズだったろうに。
そんなことを忘れて、調子に乗るな。

これが日本の教育を司る役所の中枢のみなさんが作った報告書だというのであるから、呆れてしまう。

この半年近くの、経産省の教育産業室のみなさんやそれを支える人たち、研究会の委員、専門委員として関わった方々との議論は、現実を見極めて未来を語るものだった。それぞれが見出した課題をいかに解決できるだろうかという場でもあった。

今月の中頃には、経産省の第一次提言が公開されるだろう。
ここには、ゲストスピーカーとして発言をした、僕の意見も少なからず反映されている。
だからというわけではなく、今回の文科省の報告書と読み比べてもらいたい。
ちょっと見ている次元が違うことを確認できるだろう。

これはかなり危ない話である。
このまま文科省に教育行政を任せておいて良いものだろうか、文科省が存在する価値があるだろうかとすら、考えてしまう。
ちょっと悲しい。
明らかに勉強不足だよ、文科省

頑張ってくれよ、文科省

 


Society 5.0 に向けた人材育成 ~ 社会が変わる、学びが変わる ~
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/06/06/1405844_002.pdf

ないラボトーク 教育の自由

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海士町のみなさんと展開している「ないものはないラボ」。

東京と海士町を結んで「ラボトーク」。

 

今回の対話の大きな柱は二つ。
一つは「教育の自由とはなにか」。
もう一つは「クラウドネイティブの基礎学力とはなにか」。

経産省の「未来の教室」とEdTech 研究会の専門委員を務めておりますが、経産省が言う「教育の自由化」は「産業化、市場化」です。

しかし、「教育の自由」と言ったときにその自由とはなんなのか。
「校則からの自由」かもしれません。
「学習指導要領からの自由」かもしれません。
あるいは「慣習からの自由」かもしれません。
人によって「自由」の捉え方が異なるでしょう。
そして、意外といまは「自由」なのかもしれません。

クラウドネイティブの基礎学力」は、読み書きそろばんをクラウドがやってしまう時代において、人として最低限身につけておいた方が良いリテラシーとはなにかを問うことです。
さらにこのことを進めていくと「義務教育」とはなにかに突き当たります。
国民として社会に出るために必要な能力とはなにか。
つまり、中学までに身につけるべき資質・能力とはなにかといった議論に行き着くことになります。
このどちらも経産省の「未来の教室」とEdTech 研究会のワークショップで示唆された、あるいは私が示唆したものです。

教育にテクノロジーが入ってきて、学習はアダプティブ(対応型)になります。うまく問題を解けない人は解けるように学年を下りていき躓いているところまで戻ってやり直し、問題を解けた人はどんどん進んでいくようになります。つまり、学習進度は授業の進度から解放されて自由になります。

こうしたことを踏まえて、先回りの議論をしようと呼びかけたのが、第2回「未来の教室」とEdTech 研究会での私のゲストスピーチです。(社会課題解決と「小さな学校」)

次はどっちだ

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先日のカタリバ大学で学んだことは、平成とは昭和の終わりの臨教審の時代であったということ。

確かに僕にとっても臨教審を追いかける時代であった。
昭和の終わりにNHKスペシャルを手伝い、西尾幹二さんに褒められたのがきっかけだ。

教育再生実行会議の一部は臨教審の総仕上げにあたる部分がないわけでもないが、さて、つぎの元号の時代は教育再生実行会議の時代になるのだろうか。

いま危惧していることは、臨教審を総仕上げしつつも消してしまうのではないかということ。
つまり、臨教審を教育再生実行会議が覆ってしまうということ。

文部科学省から生涯学習政策局が消える。

 

***

 

僕が、次に、どこを見るのか。
そんなことをまた聞かれた。

そう聞かれるのだから、きっと自分が知らないうちに、区切りをつけようとしているのかもしれない。あるいは、僕は言い尽くしてしまっているのかもしれない。

そんなことを考える週末。

金曜日に出口治明学長の話を聞いて、僕が考えていることと同じ方向であることを確認した。きっと世の中はそちらに向いているのだろう。

木曜日に久しぶりに寺脇研さんに会ったが、時間がなくてあまり話ができなかったのは残念だ。

水曜日の飲み会で、ある人とIBの話になった。概念の話だ。経験の概念化、さらに具体化。概念を各教科に下ろしていく話。
あっ、午後は近未来の大学入試の話をしていたのだった。

火曜日は英語教育と教育寮、大学広報の話だった。

月曜日は英語教育とアントレプレナーシップ

先週から取りかかっていたEdTech の原稿を木曜日に書き終えた。

教育という側面だけで毎日いろんなことを考えている。

次はどっちなんだろうな。

「未来の教室」とEdTech 研究会でのスピーチが記事になりました

 

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人生100年時代の学校の役割とは? キーワードは「小さな学校」――経産省の第2回「『未来の教室』とEdTech研究会」より(後編)

https://edtechzine.jp/article/detail/873

いまの興味関心

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教員の人事計画

英語教育

「小さな学校」

大学や公立高校の統廃合

国際バカロレア

不登校

地方創生

通信制

リカレント教育

EdTech

STEM

PBL

CBT

部活動

アントレプレナーシップ

風越学園の設立が楽しみである

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昨日は苫野一徳さんが「未来の教室」とEdTech 研究会で発表。

「自由の相互承認」「個別化」「協同化」「プロジェクト化」とフルスペックを20分で話すという超難題にチャレンジ。
「本を読んでください」と言いたいところを丁寧に解説。

僕は理解しているつもりなので、わかっていることを聞きとてもわかりやすかったけど、初めて聞く人には難度は高かったかな。でも伝えたいことは伝わったと思う。少なくとも「自由の相互承認」は。

そして、あらためて思ったことは「自由の相互承認」と国際バカロレアの理念は親和性があるということ。

会議の前に、苫野さんと少し話せたこと、駅まで、風越学園設立準備の中心メンバーである本城慎之介さん、岩瀬直樹さんと話ながら帰ったこと。
風越学園のことを考える時間でもありました。

風越学園は苫野さんにとっては実践の場。
充実した教育がなされるのではないかと期待しています。

軽井沢風越学園設立準備財団
http://kazakoshi.jp/